感想・解説『Phantom:羽田圭介』描かれる二つの幻影

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羽田さんの最新作です。

『Phantom』

小説家、羽田圭介さんによる長編小説で2021年7月14日に発売されました。

『文學界』に掲載された作品でもあり、文藝春秋より刊行されています。

作品紹介

外資系食料品メーカーの事務職として働く元地下アイドルの華美は、
生活費を切り詰め株に投資することで、
給与収入と同じ配当を生む分身(システム)の構築を目論んでいる。

恋人の直幸は「使わないお金は死んでいる」と華美を笑うが、
とある人物率いるオンラインコミュニティ活動にのめり込んでゆく。 
そのアップデートされた物々交換の世界は、
マネーゲームに明け暮れる現代の金融システムを乗り越えゆくのだ、と。

やがて会員たちと集団生活を始めた直幸を取り戻すべく、
華美は《分身》の力を使おうとするのだが……。

金に近づけば、死に近づく。
高度に発達した資本主義、その欠陥を衝くように生まれる新たな幻影。
羽田圭介の新たな代表作。

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163913971

羽田圭介さんの最新小説

羽田圭介さんの『Phantom』読みました。

羽田さんの作品はあまり読めていなかったのですが、内容を見て面白そうだなと思って購入。



この作品は決して長すぎず、読みやすいものとなっていました。

2021年5月号の『文學界』に掲載された作品で、文藝春秋より単行本が刊行されています。

テーマ的には二つ

この作品では二つのテーマが扱われているのではないかと思いました。

一つは、株という現実的な金融システム。

もう一つはオンラインコミュニティによる活動です。



タイトルともなっている『Phantom』は幻影や錯覚というような意味の単語で、この二つの物事を自分自身の分身として描いています。

主人公となっている華美という女性は、資産を築き、お金を生み出してくれる分身を作ろうとしています。

具体的にいうと米国株からの配当によって得られるお金を得ることによって、アーリーリタイアのようなことをできないかと目論んでいます。



一方で彼女の恋人である直幸は別の価値観で生きています。

使わないお金は死んでいると言い、派手にお金を使いながら、得体の知れないオンラインコミュニティの活動に参加しています。

活動は月額制の会員制となっていて、集まって何かをやっています。

彼らは最終的に”ムラ”という場所に集団で移住し共同生活を送るようになっていき、直幸もそこに住むようになり・・・という話となっています。

彼らが作り上げているコミュニティの中での自分を『幻影』と見立てて描いています。

どちらも現実味あり

この作品で描かれている株と、オンラインコミュニティのことは、結構現実味ある話として読んでいました。

株は自分もやっていて、結構多くの人がやっている気もしますし、オンラインコミュニティも最近耳にすることが増えました。



オンラインサロンという言葉で聞くことが多いのですが、これをやっている有名人も結構いる気がします。

一番有名な例としてとある人物が浮かんでしまうのですが、羽田さんはこの人のことがあまり好きではないんだろうなーとか思いながらも読んでいました。

このようなコミュニティに自分は参加したことがないのですが、一体どうゆうものなんだろうなーという興味は少しはあります。



内にいる人と外から見えているものとが極端に違っているような気がして、内側にいる人たちはその可能性を信じ切っているように見えたりします。

しかし、外から見るとなんだか怪しげなことしているな・・・とも見えてしまいます。

この作品の終盤で描かれているような過激なところまでいっていることはないのかもしれませんが、そうなりうる可能性を感じてしまったりはします。

過激化していく可能性

この作品で描かれているようなコミュニティは個人的には結構否定的ではあります・・・。

幻影として描かれているように、どこか実態がないように見えてしまいますし、参加していることだけでは意味はないと思ってしまうからです。



コミュニティの立ち上げをしている人や、その周りにいる確かな実力を持っている人もいるのも間違いありません。

しかし、月額を支払い参加している人の多くはごく普通の人たちです。

作中では、そのような普通の人たちが誰かの言葉を借りて話している様子を露悪的に描いている場面が何度かあります。



この感じ、確かに分からなくはないな・・・と思ってしまいました。

凄い人の言葉を自分の言葉として話すのは、確かに言葉としては正しいかもしれませんが、話している本人自身に裏付けはありません。

そのような様子こそ、まさに実態のない幻影のような言葉となって、聞いている側からしたら気持ち悪く見えてしまいます。

それでも本人はその正しさを盲信していて、非常にタチが悪いです。

本当に必要なのは

読んでいて凄く思ったのは、本当に重要なのは正しい情報を見分けることのできるリテラシーと、その先にある行動なんじゃないかということです。



この作品で描かれているようなコミュニティの中に、ある程度の”正しい情報”が含まれていることもあると思います。

しかし、それを盲信的に受け取るというのはまた違っていると思います。

あくまで情報の一つとしてそれを自分の中で咀嚼し、正しいかどうかを判断できるようにならないといけないんじゃないかと。



そして、さらに重要なのはそれを踏まえた上でどのように行動するかということです。

凄い人の正しい情報を受け取ることで、自分もすごくなったと勘違いしてしまう人もいるかもしれません。

しかし、自身の行動と経験が伴わない限り、それは意味のないことです。

自分が何をしたのかということの先にある言葉にしか血は通わないのではないかなーと。



そんなことを考えさせられる小説でした。

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