
朝井リョウさんの書き下ろし長編。
一気読みしました。
『正欲』
日本の小説家である朝井リョウさんによる長編小説で、2021年3月26日に新潮社より刊行されました。
著者の作家生活10周年となる年に書き下ろされた新作長編となっています。
内容紹介
あってはならない感情なんて、この世にない。
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4103330635?ie=UTF8&tag=shinchosha0e-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4103330635
それはつまり、いてはいけない人間なんて、この世にいないということだ。
息子が不登校になった検事・啓喜。
初めての恋に気づいた女子大生・八重子。
ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。
ある人物の事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり合う。
しかしその繋がりは、”多様性を尊重する時代”にとって、
ひどく不都合なものだった――。
「自分が想像できる”多様性”だけ礼賛して、秩序整えた気になって、
そりゃ気持ちいいよな」
これは共感を呼ぶ傑作か?
目を背けたくなる問題作か?
作家生活10周年記念作品・黒版。
あなたの想像力の外側を行く、気迫の書下ろし長篇。
朝井リョウさんの最新長編
朝井リョウさんの新作長編小説となる『正欲』読みました。
朝井さんの作品は『桐島、部活辞めるってよ』と『何者』以降は読めていなかったのですが、この『正欲』はなんとなく名作のオーラのようなものを感じてすぐに購入してしまいました。
朝井さんは同年代の小説家さんで、今となってはたくさんの作品を刊行しています。
作品の切り口はなかなか鋭く、就活の様子をリアルに描いた『何者』なんかは結構ハードな作品でした。
誰しもが感じているような人間のちょっと嫌な部分だったりを若い感性で鋭く切り取り、しっかりと物語として落とし込んでいるようなそんな作家さんです。
どんな作品
この『正欲』という作品がどんな小説なのかというと、シンプルにすごく面白い作品でした。
でも、どこか後味の悪さが残るというようなそんな作品です。
個人的に凄く思ったのは「朝井リョウさんの小説だな・・・」というような感じで、紛れもなく彼しかかけないような作品だなと思いました。
この話はいくつかの話が並行して語られます。
検事の家族の話や、学祭を企画する大学生の話、契約社員として働く女性の話と複数の話を語る形で進んでいき、それぞれが少しずつ関わっていくというような話です。
テーマとされているのはタイトルにもなっている通り「正しい欲」についてであったり、僕たちの語る「多様性」についてとなっていて、決して簡単ではないテーマです。
正しい欲とは
全体を通して投げかかられている問いとしては「異性に対して性的な欲望を抱くことが正しいとされている世界に対する疑問」ということではないかと思いました。
僕たちの生きる世界では男性は女性に対し、女性は男性に対し性的な欲望を抱くことが「いわゆる普通」とされ、そうであることが多数派であり、「正しい」ことであるとされています。
しかし、世の中にはそうではない人が少なからず、一定数いて、他の人とは異なっている何かに対して欲望を抱くという人もいます。
そんな人たちは、自分は普通とは違うとう感覚を持ちながらもそれを外へ出すことができず、世界との隔絶感を抱えています。
この作品にはそういった人たちの視点で語られる部分があります。
その一方で普通として生きている側、多数派の人たちの視点で語られている部分もあります。
その両面で語られている物語となっています。
多数派の語る「多様性」
話の中で、大学の文化祭でダイバーシティフェスという、多様性を全面に打ち出した企画を行う場面があります。
これは、多様な人たちを理解し、受け入れていくという一見正しい行い思えるのですが、この小説を読み進めていくにつれ、その行いがいかに浅はかなものであるのかということに気付かされます。
作中にも文章で語られていますが、彼女らの行いは「自分たちの理解できる範囲内での多様性」を受け入れるかどうかというものでしかなく、その外側にいる人たちのことを本質的に理解しようというものではありません。
自分たちはあくまでジャッジする側であるという視点での多様性がいかに浅はかなものであるのかということを痛感させられるのです。
これって、読んだ人ならすごくしっくり分かるかと思うのですが、決して簡単に理解することのできるものではないような気がします。
物語という形を取ることによってしっかりとそれを示すことができるのは作家さんの腕でしかありません。
ラストは
ラストはこの自分たちはちょっと異なっているという側にいると思っている人たちに希望の光が見えそう・・・という展開へと向かっていくのですが、ちょっとした掛け違いがあり絶望的なラストへと向かってしまいます。
思い返せばその結末は冒頭にすでに示されていたのですが、こうなってしまうか・・・という結構ズシンとくるラストとなっていました。
そして、それを追い討ちするかのように語られる「普通の人の側」の語りは結構悲しく、正しい側の暴力のようなものを感じざるを得ませんでした。
でもそれって自分も持っている感覚なのではないか・・・とも思わせられて、後味悪いな・・・という感じです。
トータルとしてすごく考えさせられることの多い内容で、読んでよかった本だなと思いました。
各章の終わりの部分が次の話につながるようにもなってたりと、細かい技術のようなものも詰め込まれています。
若い人であれば共感できる部分は多い小説だと思うので、ぜひ読んでみて欲しいなと思います。