
めちゃめちゃいい映画でした。
『トニー滝谷』
村上春樹さんの同名小説を原作とする日本映画で、2005年に公開されました。
監督は市川準さんで、イッセー尾形さん、宮沢りえさんなどが出演しています。
原作小説は短編集『レキシントンの幽霊』に収録されており、ほぼほぼ原作通りの内容となっている映画ですが、ラストは原作には無いエピローグが付け足されています。
ロカルノ国際映画祭など海外の映画賞を受賞している作品です。
story
トロンボーン奏者を父に持つトニー滝谷は、幼い頃からずっと、孤独だった。だから、特にそれを淋しいとは思わなかった。
https://eiga.com/movie/41432/
だが、大学を卒業しデザイン会社に就職した後、独立してイラストレーターになった彼は、やがてひとりの女性に恋をする。
結婚、幸せな生活、しかし蜜月はあまりに短かった。
妻と死別したトニーは、孤独に耐えかね、容姿、体型とも妻にそっくりな久子を、アシスタントに雇うことにした。
買い物依存症だった妻が遺した大量の高価な服を、彼女に制服として着て貰い、少しずつ、妻の死に慣れようと思ったのだ。
ところが、その服を見た彼女は、理由もなく、涙を流した。結局、トニーは彼女を雇うことをしなかった。
そうして、1年の歳月が流れた。全てを忘れた今でも、トニーが時々、想い出すことがある。それは、衣裳部屋で泣いた久子のことだ。悩んだ末、彼は彼女に電話をかけてみる。
小説をそのまま映像化したような
映画『トニー滝谷』観ました。
近くのレンタルショップにはDVDがなく、Amazonでレンタル購入しました。
この原作小説のことは知っていたのですが、最近になってまた読み直しました。
話をはっきりと覚えていなかったのですが、読んでみるとこれがまためちゃくちゃいい短編です。
一人の男性の孤独と喪失を描いている見事な短編で、読む人によっては受け取り方が大きく異なる話なのではないかと思います。
その映画版となっているのですが、映画『トニー滝谷』は小説をそのまま映像化したというような映画となっています。
出演者の台詞は少なめとなっていて、モノローグ的な語りとともに話は進んでいきます。
西島秀俊さんによる語りで進んでいき、途中セリフが少しずつ挟まれるというような作りとなっています。
ほぼ完全に原作通り
この映画は、語りやセリフの細かいところまでほぼほぼ完全に原作どおりの内容となっていました。
ここまで忠実に原作通りというのも珍しいんじゃないかと思えるくらいに原作通りです。
監督さんは村上春樹さんへのリスペクトがあって、それを崩さないようにということを強く意識していたのかもしれません。
ずっとどこだかわからないような場所での映像が続いていて、ちょっと無機質なまま映画は進んでいきます。
途中、妻が交通事故に遭うというこの作品においては一番の見せ場というか、山場があるのですが、ここも凄くあっさりとしています。
これは実は原作もそうで、え、いつ奥さん死んだの?とちょっと読み返してしまうくらいあっさりと描かれている部分でもあります。
もう一つの物語が
映画版を見て原作を読んだ時より強く思ったのは、この作品にはもう一つの物語があるんだなということです。
物語は基本的にトニー滝谷側の視点で進んでいくのですが、結婚相手である妻の側にも物語があるはずです。
結婚相手となる女性は家事ができて穏やかな結婚生活を営んでいくことのできる人物でありながら、『服を買いすぎる』という問題を抱えています。
それは、彼女の側にも何かしらの欠落、そしてそれは決して小さくない欠落を抱えているのだろうということでもあります。
彼女もきっといろんなことがあった上でトニー滝谷と出会い、結婚するに至っているのです。
そして、死の原因となる交通事故を招く理由も返品した洋服のことを考えていたからで、彼女が洋服に執着することには何かしらの理由があるはずなのです。
喪失するとは
この映画では孤独と死、喪失ということがテーマとなっています。
トニー滝谷は小さい頃から孤独がそばにいた男性で、結婚することによって一時的に孤独から離れます。
しかし、ここに重要な点が含まれているような気がしていて、トニー滝谷は「孤独でなくなったことで、また孤独になるのではという恐怖が生まれた。」というようなことを言います。
そして、その通り物語の最後にはトニー滝谷は孤独へと戻ります。
元々そこにあったはずの孤独なのですが、それは以前の孤独とは異なっているということを知るのです。
この辺りが本当に深いなと思える部分だなーと思いました。
妻が亡くなった後に残された服が、彼女の影のようだったという表現も見事だなという感じです。
追加されたエピローグ
そして、映画版では少しだけ原作にはないエピローグが追加されています。
妻の元恋人が出てきたりと、ちょっとしたことなのですが上手い付け足しだなと思いました。
決して原作の空気を損なうことなく付け足されているエピローグとなっています。
最後には電話をかけているところで終わるのですが、ここも彼が何を思ってそうしたのかという解釈は観る側に委ねられています。
映画版も観てみて、村上春樹さんのこんな傑作短編があったんだなーという感じです。
あまり気にかけていなかったというか、深い部分まで理解できていなかった気がします。
村上さんの作品は映像化が難しかったりするのですが、こういう短編ならいい感じできるんだなーと。