
とても面白い小説でした。
『月と6ペンス』
イギリスの作家であるサマセット・モームによる著作で1919年に出版されました。
原題は『The Moon and Sixpence』で、金原瑞人さんの訳で新潮文庫から刊行されています。
画家であるポール・ゴーギャンをモデルとした人物の生涯を描いた小説となっています。
あらすじ
作家である『わたし』は招かれたストリックランド夫人のパーティでチャールズ・ストリックランドと知り合うこととなる。
証券会社で働いていたストリックランドだったが、ある日突然家族を残して姿を消してしまう。
わたしはストリックランド夫人に頼まれてパリに住んでいるというストリックランドの元へと訪れる。
パリで再会したストリックランドは一人貧しく暮らしていた。
「絵を描かなければならない」
ストリックランドはそう言った。
齢40歳のストリックランドは家族を捨て、仕事を捨て、絵に人生を捧げることとなり・・・。
一人の画家の人生を描いた小説
『月と6ペンス』はイギリスの1900年台前半のイギリスの小説です。
日本語訳版もいくつか出版されています。
この小説はストリックランドという一人の画家の人生を描いたものとなっています。
話はわたしという作家の語りによって進んでいきます。
わたしはストリックランドとパーティで知り合い、友人となります。
そして、その後も彼のことを追いかけ、パリでの生活やタヒチに移住してから死に至るまでを知ることとなります。
ストリックランドは証券会社に勤める普通のサラリーマンでした。
家族がいて、決して貧しくはない生活をロンドンで送っていたのですが、ある日突然家族を捨て、姿を消すのです。
絵を描くという情熱にかられ、一人孤独を選び、パリへと移住します。
そして、貧しい生活を送ることとなるのですが、少ししてストルーヴェという画家の奥さんであるブランチとともに暮らすこととなります。
ブランチはもともとの夫であったストルーヴェを捨て、ストリックランドと暮らすことを選択します。
しかし、ブランチは最終的には自殺することとなってしまいます。
ストリックランドはそんなことを気にもせず絵を描き続けるのです。
そして、タヒチへ移住することとなり、そこでストリックランドは死ぬこととなります。
芸術家とは
読み終えてみて、本当に面白い小説でした。
金原さんのあとがきにもあるように、恋愛小説でもなければ、冒険小説でもなく、壮大なロマンスもなければ、気の利いたトリックのきいたミステリーでもありません。
しかし、それでもこの小説は面白いのです。
圧倒的に面白かったです。
『月と6ペンス』は芸術家とはどういう生き物か、芸術は何かということに関して、極めて本質的なことが書かれている小説です。
ストリックランドは何かに取り憑かれたように絵を描き始めます。
それはおそらく本人もうまく説明できないような内側から湧き出てくる情熱的な何かです。
他者からの評価や、富や名声とも関係のないところから湧き出てくるその熱を抑えることができず、他の何を捨ててでも芸術を生み出さずにはいられないのです。
芸術家とは本質的にそのような生き物なのではないかと思います。
他者からの評価などとは異なる内発的な強い動機によって駆動しているのです。
ストリックランドは、家族を捨て、他人の奥さんを奪い、その奥さんも自殺に追い込んでしまいます。
そこまでして、絵に打ち込むことが必要なのかと普通の人は思ってしまいます。
しかし、芸術家はそこまでしてまで芸術に打ち込まざるを得ない。そんな人種なのです。
ストルーヴェという人物
この話はストリックランドを中心に進んでいく話です。
しかし、他にも魅力的なキャラクターが登場します。
その中の一人が画家であるストルーヴェという人物です。
彼はある程度買い手のつく絵を描く画家です。
しかし、本当にいいものを見分けることのできる審美眼も持っていて、自分はそうではないということにも自覚的です。
彼はストリックランドの才能にいち早く目をつけます。
そして、自分はそこまで至ることはできないということを知っているのです。
ストルーヴェも芸術の素晴らしさ、芸術が与えてくれる喜びを知る人物です。
しかし、彼はそこまで素晴らしい芸術を生み出すことはできないのです。
そして、ストルーヴェは奥さんのブランチをストリックランドに奪われてしまいます。
彼は自分のもとを離れてからもブランチにすがり、なんとか彼女の力になろうとします。
それでも彼は何もすることもできずに、ブランチは自殺してしまいます。
ストルーヴェはとても人間らしい人物です。
ストリックランドと対照となる存在として彼は描かれているように思えます。
タヒチへ移住し
物語の終盤、ストリックランドがタヒチへ移住したことが語られます。
彼はそこで再び妻を娶り、幸福に暮らすのですが、最後はハンセン病にかかり死を迎えることとなります。
そして、彼が目が見なくなりながらも仕上げた最後の作品についての描写があります。
彼は自分の家の壁に絵を描き上げるのです。
活字で表現する小説という媒体において絵を具体的に伝えるには限界があります。
しかし、このシーンの描写はとても秀逸で、絵のすごさが伝わってくるかのようです。
『月』と『6ペンス』とは
タイトルにもなっている『月』と『6ペンス』とはどういう意味なのでしょうか。
小説の中には月も6ペンスも全く出てきません。
しかし、著者がこのタイトルをつけている以上、必ず本編に関わっている意味のある言葉です。
訳者の解説には『月』は夜空に輝く美を、『6ペンス』は世俗的な日常を、『月』は狂気を『6ペンス』は日常をそれぞれ象徴しているかもしれない。と書かれています。
明確ではありませんが、おそらくそのような意味ではないかと思います。
『月』は夢でもあり、理想でもあり、簡単には手に届かない何かを表していて、『6ペンス』は現実であり、日常であり、手の届く安定を表していると思いました。
また、『月』はストリックランドのことを表し、『6ペンス』はストルーヴェのことを表しているのかもしれません。
とても面白い小説
本当に面白い小説であることは間違いありません。
そして、芸術の美しさや、芸術が与えてくれる美しさを知っている人であれば、必ず響く一文があると思います。
芸術に関わることを決め、芸術を少しでも志したことのある人は必読の本です。