感想・要約『本の読み方 スロー・リーディングの実践:平野啓一郎』量から質の読書へ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

本の読み方について書かれている本です。
気になってネットで購入して読んでみました。

『本の読み方 スロー・リーディングの実践』

芥川賞作家である平野啓一郎さんの著作で、元々は2006年にPHP新書より刊行されていたものです。

好評を受け、本書をより手軽に読んでもらえるようにとPHP文庫より2019年に再販されました。


スピードや量ではなく、ゆっくりでも良いので質を重視した『スロー・リーディング』について実践的に書かれている本です。


夏目漱石の『こころ』や、森鴎外の『高瀬船』、カフカの『橋』、三島由紀夫『金閣寺』、金原ひとみ『蛇にピアス』など、いろんな小説を例に、スロー・リーディングについて書かれた本となっています。

情報が溢れる中で

『本の読み方 スロー・リーディングの実践』は作家である平野啓一郎さんによって書かれた、その名の通り本の読み方に関する本です。

情報が溢れている現代社会において、いかに情報を取捨選択していくかというリテラシーを持つことにもつながるスロー・リーディングを提唱しています。


スロー・リーディングとは何でしょうか。
スロー・リーディングとは1冊の本にできるだけ時間をかけ、ゆっくりと読むことの事です。

1冊の本を本当に価値あるものとするための読み方として挙げられているのがスロー・リーデイングです。


それに対し、本を早く、たくさん読むという『速読』。
本に書かれている必要な部分を短時間で抽出し、たくさんの本でそれを繰り返すというような本の読み方です。

著者はそのようにして得られた知識は脂肪のようなものに過ぎず、決して本当の意味で本を読んでいるとはいえないと言います。

小説は速読できるか?

面白いなと思ったのが、小説は速読できるか?ということについて書かれていた部分。


速読とは、必要な情報のみを汲み取り、最短で情報を獲得しようとする読み方。

それを小説で行うとすれば、作者が意図を持って入れているような、一見無駄に見えるような会話や表現、登場人物などはノイズとなってしまうでしょう。

速読する人にとって、プロットに関係のない事柄は無駄なノイズに過ぎないからです。


しかし、小説を小説たらしめているのは、このノイズなのだと言います。

『恋愛』というテーマについて書かれた数多の小説。
その全てが、似たようなプロットを持っているとしても、私たちは決してそれを同じ小説だとは思わないでしょう。

それは、それぞれの小説にはそれぞれのノイズがあるからなのです。


小説は雑多であるからこそ多様で、だからこそ面白いのです。
そこにはノイズがあり、微妙な差異があるからこその小説なのです。

わずか数ページに書かれているこの部分。
とても深く納得してしまいました・・・。

『誤読』について

この本では、本を深く読み込むことによって生じる『誤読』に肯定的なことが書かれています。


言葉の意味の間違いや、文章の論理を把握できていないというような『貧しい誤読』とは別に、本をゆっくりと深く読むことで、作者の意図を熟考することによって生じる『豊かな誤読』があると言います。

本には作者の意図があり、それを正確に理解することだけが正しい読書でしょうか?


そんなことはありません。

10人の読者がいれば10通りの解釈があり、100人の読者がいれば100通りの解釈がある。それこそが豊かな読書なのです。


1冊の本があれば、その先にはたくさんの本が存在しています。
読者が能動的にそのような背景や、作者の仕掛けた謎を読み取ることによって生まれる『豊かな誤読』は読書という体験をより豊かなものとするのです。

誤読は本の可能性を広げる豊かな営みなのです。

フランツ・カフカ『橋』

本の前半はスロー・リーデイングとはどういうものかという考え方が書かれています。

そして、本の後半は実際にいくつかのテキストを取り上げ、実践している部分となります。


日本人作家の名作もいくつか取り上げられているのですが、個人的に興味深かったのはカフカの『橋』という短編について書かれている部分でした。

カフカの小説はどれもとても豊かな『誤読』の余地があるものばかりです。
小説の読み方に明確な正解などなく、あらゆる解釈があっていいのだということが分かります。


「作者の意図を理解しようとするアプローチと、自分なりの解釈を試みようとすアプローチ、常にこの二本立てで本を読み、作品によってはその比重を変える。これがおそらくは、最もスマートな戦術だ。」


『橋』の解説の部分でこんなことが書かれています。
これこそが、あらゆる小説を読むにあたって、極めて重要であり、本質的な読書に対する姿勢ではないでしょうか。


作者の意図は決して無視するようなことはせずに、自分なりの解釈も試みながら本を読む。これがとても重要なことなのです。

カフカの本を読むと、『本には正しい読み方がある』というような考え方がいかに貧困で、愚かな考えであるかということが分かります。

スロー・リーディングの実践

読み終えてみて・・・。
心から読んで良かったと思えた本でした。


正直、自分も読む本の量を重視している部分があったからです。
たくさんの本を読んでいながらも、どういう本かと聞かれるとあまり覚えていないような本がいくつもありました。

それはなかなかに恥ずかしいことでもあり、これからは読むことに対する姿勢を少し変えようかと思いました。


平野啓一郎さんは、作家であり、読者でもあるので、その両面から読書という経験についてとても正しい考えを持っています。

本書で繰り返し述べられているように、本をゆっくり読むことは決して悪いことではありません。

あくまでも速さよりも質を重視するような読み方はたくさんの人が実践すべきことでもあると強く思いました。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*