感想『空気人形』虚しさの溢れる街で心を持った人形

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AmazonPrimeで気になって見てみました。

『空気人形』

2009年に公開された日本映画。

監督は是枝裕和。

主演は韓国人女優のペ・ドゥナ。

他、板尾創路やARATA、余貴美子、塚本佑などが出演。

第62回カンヌ国際映画祭では、ある視点部門で上映された。

原作は業田良家による漫画『ゴーダ哲学堂 空気人形』

あらすじ

ファミレスで働く秀雄は、ラブドールに「のぞみ」という名前をつけ、話しかけたり抱いたりしながら暮らしていた。

ある日、人形であるのぞみは立ち上がり、まばたきをする。

そして、外の世界を見て「キレイ」と呟く。

「心を持ってしまった」人形ののぞみは部屋にある服をいくつか試着し、メイドの服を着て外へ出る。

秀雄の前では人形として振る舞いながらも、不在の間にレンタルビデオ屋で働き始める人形ののぞみは、店で働く純一にどこか自分と似ている部分を感じ取る。

次第に外の世界のことを知っていくのぞみは、公園のベンチで一人佇んでいる老人と出会う。

老人は、のぞみに空っぽなのは君だけではない。と、吉野弘の詩『生命は』を教える。

そして、街には、虚しさを感じている人が多いことを知る。

人間の隠したい部分

『空気人形』は2009年に公開された是枝裕和監督の映画です。

『万引き家族』でパルムドールを取ったのは昨年のことですが、その10年近く前の作品になります。

しかし、この映画にはしっかりと『万引き家族』にも通じている是枝裕和さんのエッセンスが詰まっていました。

是枝さんの映画では人の弱さや醜さ、そして人間の隠したいような恥部が描かれます。

しかし、そんな人間の決して美しくはない側面を通して、世界の美しさを浮かび上がらせるような。そんな作品が多いです。

『万引き家族』もそうだし、『誰も知らない』や、『そして、父になる』など、どれもいい映画ばかりです。

この『空気人形』はそんな是枝さんの映画の中でも虚構性の強い作品となっています。

しかし、虚構は時に現実以上に真実を描き出すことがあるのです。

虚しさの溢れる街で

『空気人形』では様々な形の虚しさが描かれています。

板尾創路さんの演じている秀雄は、ラブドールに昔の彼女の名前をつけて話しかけたりしている寂しい男です。

他にも、メイドにハマる浪人生や、過食症の女性。

(おそらく)妻を亡くし、娘と二人で暮らしている男や、公園のベンチに座っている老人。

街にはどこか満たされなさを抱えている人たちがたくさんいるのです。

そして、彼らがどんな人生を歩んできているのかははっきりとは映画の中では示されることはありません。

その人の言動や、家の様子を見て想像することしかできないのです。

例えば、レンタルショップの店長が一人で食事をしています。

その後ろの棚には、何かのトロフィーがたくさん飾られています。

なんのトロフィーなのかは分かりませんが、きっと昔は何かの世界で活躍し、有望な人だったのかもしれません。

しかし、今はレンタルショップで働いていて、家族と暮らしている様子もありません。

是枝さんの映画の凄いところは、説明的なセリフではない部分でたくさんのことを伝えるのが本当に上手いところです。

このレンタルショップの店長もそのバックグラウンドが説明されることは一切ありません。

他の人物たちも、ちょっとした行動やセリフ。家の様子などで、その人がどんな生活をしていて、どんな虚しさを抱えているのかが想像できるようになっています。

「心を持つ」とは

そして、この映画のテーマの一つとなっているのが、「心を持つこと」とはどういうことなのか。ということだと思います。

人形ののぞみは、ある日突然「心を持つ」こととなります。

理由は誰にも分かりません。

それでも、のぞみは「心を持って」しまったのです。

心を持ってしまったことで、今まで感じたことのない喜びと痛みを知ることとなります。

レンタルビデオショップで働く純一との恋のような感情や、過去の女性に対する嫉妬。

そんな感情は、決して知ることはなかったのです。

そして、心を持ってしまったことによって自分がなんのために生み出され、どういう存在なのかを知ります。

虚構性の高い話でありながら、人間の深い部分を考えさせられる映画です。

街には、人形よりも空虚に見える人形のような人たちで溢れています。

心を持っているはずの人であるに関わらず、どこか心がないように見えてしまう人たち。

それは決して他人事ではないな・・・と思いました。

最終的には・・・

途中、ひやっとするようなシーンもいくつかあります。

アルバイト中ののぞみの手に穴があき、空気が漏れてしまいます。

次第にしぼんでいく姿を純一に見られ、空気を入れてもらうこととなります。

そして、板尾創路さん演じる秀雄と出会うシーンがどこかで来るだろうとヒヤヒヤしていました。

出会いは終盤に不意に訪れました。そして、板尾さんはこう言います。

「ただの人形に戻ってくれないか。心なんていらない」

ショックを受けたのぞみは家出することとなります。

全体を通して、とても考えさせられる映画です。

そして、不思議と最終的には希望を感じられるようにもなっています。

映画に出てくる人たちの生活は、決して何も変わっていません。

少なくともいい方向に何かが変わるような人物はいないように思えます。

元の生活に戻り、今まで通りの生活をする。

それだけなのです。

しかし、見る前と見た後では世界の見え方が少し変わっているような。

そんな映画です。

トイ・ストーリー?

少し前に『トイ・ストーリー4』を見たばかりだからか、これって日本版・アダルト版トイ・ストーリーみたいだな・・・と思いながら最初の方は見てました。

持ち主の前ではおもちゃとしての役割を全うしながらも、本当は心を持っている人形で、持ち主の知らない世界を持っている。

その部分で、『空気人形』と『トイ・ストーリー』は共通していると思います。

そして、最後はまた見事だな・・・と思いました。

過食症らしき女性が目を覚まし、外に倒れているのぞみを見ていうのです。

「キレイ」と。それはのぞみが初めて心を持ち、世界を見たときに言ったことでもあるのです。

その後は決して描かれていることはありませんが、過食症の彼女は少しずつ変わっていくのかもしれません。

トータル、本当に見てよかったと思えた映画でした。

他の是枝作品も時間があれば見てみようかと思います。

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