感想・解説『ワインズバーグ、オハイオ:シャーウッド・アンダーソン』オハイオにある架空の町で

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『本当の翻訳の話をしよう』の中で紹介されていた本です。

『ワインズバーグ、オハイオ』

アメリカの小説家シャーウッド・アンダーソンによる短編集で、1919年に発売されました。(アンダーソンが43歳の時)

オハイオ州にある架空の町ワインズバーグを舞台とした22編の短編集で、それぞれ独立した話となっていますが、話が相互リンクするようにもなっています。



日本語訳版もいくつか刊行されています。

今回読んだのは、新潮文庫より発売された上岡伸雄による新訳版です。

オハイオ州ワインズバーグで

この本は、オハイオ州にある架空の町である『ワインズバーグ』を舞台とした短編集です。

オハイオ州はアメリカに実際に存在している州ですが、その中にワインズバーグという町は存在しません。



ワインズバーグは、著者のアンダーソンが幼い頃を過ごした『クライド』という町がモデルで、小さな田舎町という設定となっています。

物語の舞台設定は、19世紀の後半頃とされています。



西部開拓は終わり、機械化、産業かが始まっていた頃です。

牧歌的な農村社会が徐々に失われていった変革期だといいます。



外から見たアメリカのイメージは、ニューヨークやロサンゼルスなどの大都市を思い浮かべてしまいがちですが、アメリカという国の基本はこの本で描かれているようなスモールタウンにあるのです。

閉鎖的な町

『ワインズバーグ、オハイオ』は22の短い短編で構成されています。

それぞれの話に出てくる登場人物はとても個性的で、少し癖のある人ばかりです。



そして、何度も『この町から脱出する』というような表現が繰り返されています。

これは、いろんなことのメタファーにもなっているのではないかと個人的には思いました。



離れたいけれどなかなか離れられない何か、というものが誰しもあるのではないでしょうか。

それは、この本で描かれている地域社会であったり、学校や会社。兄弟や親などの家族もそうでしょう。



人はどこかで自分のいる環境に対して疑問を抱き、ある種の嫌悪感のようなものを抱く時期があります。

そして、そこから離れるべく努力します。



しかし、そういう環境ほどなかなか離れることはできないのです。

むしろ簡単に離れられないことを無意識的には理解しているからこそ、その環境を嫌悪しているのです。



本書の中のワインズバーグという町はとても閉鎖的な町として描かれています。

しかし、外の世界との関わりがないかといえばそんなことはもちろんありません。



それでもどこか閉塞感に溢れて、そこからなかなか逃れることができない。

そんな様子が描かれています。

『見識』

短編の中で特に好きなのが『見識』という話です。

少年が大人になっていく過程の中で、人生を初めて後ろ向きに捉える様子が描かれています。



右肩上がりに進んでいくかのように思えていた人生に対し、誰しもがどこかで限界を感じる瞬間があります。

自分と自分の未来に対して持っていた自身が崩れ去っていく瞬間があるのです。



その瞬間はとても悲しく、無力感に包まれる瞬間でしょう。

しかし、それは決して無駄なことではありません。



”世界の中における自分”という立ち位置を自覚することによって、少年は少し前進することができるのです。

これはおそらく、現実に生きている誰しもがどこかのタイミングで感じることであろう感情です。



その感情を言葉にすることは難しく、物語として切り取ることはもっと難しいと思います。

この話ではその瞬間がとてもうまく描かれています。

シャーウッド・アンダーソン

シャーウッド・アンダーソンという作家は、アメリカ文学においてとても重要な位置にいるといいます。

彼の前の時代の作家であるマーク・トゥエインと、後の作家たちであるヘミングウェイや、ジョン・スタインベック、レイモンド・カーヴァーなどを結びつけている作家でもあるのです。

それはいかに彼が優れた作家であるかを示しているかということだと思います。



『ワインズバーグ、オハイオ』はジェイムズ・ジョイスの『ダブリナーズ』のような作品です。

これもアイルランドのダブリンという町における、言いようのない閉塞感を描いている傑作です。



小さな田舎町はどうやら文学のテーマとして魅力的な題材なようです・・・

『ワインズバーグ、オハイオ』も『ダブリナーズ』もどちらも読む価値のあるとてもいい小説です。

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