感想・解説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか:フィリップ・K・ディック』人間とは、アンドロイドとは

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ちょっと前に読んだこの小説。

なんという、センスあるタイトルなんだ・・・

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』

アメリカの小説家フィリップ・K・ディックによる小説です。

原題は『Do Androids Dream of Electric Sheep?



初出は1968年で、日本では浅倉久志さんによる訳で1969年にハヤカワ文庫から刊行されています。

映画『ブレードランナー』の原作となっている小説です。

あらすじ

舞台は第3次世界大戦後の未来。

自然は壊滅的な状態となっており、生物は虫一匹ですら保護を受けているような世界となっていた。



その一方で科学技術は高度に発展しており、本物そっくりにな機械仕掛けの生物が存在している。

主人公のリック・デッカードは、サン・フランシスコ警察の所属している賞金稼ぎ(バウンティハンター)で、逃亡したアンドロイドを処理する仕事を生業としていた。



ある日、8人のアンドロイドが火星から脱走し、地球に侵入したことを知らされる。

8人の内の二人はサン・フランシスコ警察主任によって仕留められるのだが、残りの6人のアンドロイドの処理をデッカードは任される。



デッカードは人間とは何か?という疑問に直面しながらも逃亡したアンドロイドを処理していくのだが・・・

ブレードランナーの原作小説

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』は1982年の映画『ブレードランナー』の原作となった小説です。

『ブレードランナー』は見たことなかったんですが、『ブレードランナー2049』の公開に合わせて見ました。



そして、この原作も読んでみました。

原作と映画版では若干の内容の違いはありますが、大筋は同じものでした。

(『ブレードランナー2049』はあくまで映画版『ブレードランナー』の続編となっています。)



『レプリカント』と呼ばれるアンドロイドが存在する世界において、逃亡したアンドロイドをデッカードが処理するという話です。

世界観はまさにSFそのもので、第三次世界大戦後の荒廃した世界が舞台。



生きている生物や自然は限られたものとなっており、生物を所有することは地位の象徴ともなっています。

デッカードは電気羊を飼っているのですが、本物の生きている羊を手にすべく、アンドロイド狩りへと向かうことになるのです。

タイトルの意味は?

この小説は、人間とアンドロイドとの違いとは一体どこにあるのか?という非常に難しいテーマを扱っている作品です。

人間を人間たらしめているものとは何なのか。”ということを考えていくこととなるのです。


任務を進めていく中で、デッカードは極めて人間い近いアンドロイドに出会うこととなります。

その一方で、脱走したアンドロイドを破壊するという任務も請け負っています。



対象がアンドロイドであれば、その任務は『破壊』となるのですが、相手が人間となればそれは『殺人』となってしまいます。

そこに一体どんな違いがあるのでしょうか?ということなのです。



この作品の中では生物は貴重な存在となっています。

コオロギやヤギ、馬、そして羊と生きている生物は貴重で地位の象徴ともなっています。



作者は人間が人間である本質的な何かをこの話を通して模索しているのではないかと思います。

人間は夢を見ます。羊の夢を見ることもあります。



それならばアンドロイドはどうなのだろうか?
生きている羊の夢を見るということがあるのだろうか?
人間とは違い、電気羊の夢を見るのだろうか?
そもそもアンドロイドは夢を見ることがあるのだろか?



そんな疑問が生まれてきます。

確かに、聞かれてみると、改めて考えてみるとどうなんだろう・・・?っていう・・・・



答えは誰にもわからないと思います。

でもだからこそ作者は想像力を使い、そこに物語を作る価値を見出したのかもしれません。

想像力ってすごい

人の想像力は本当に凄いな・・・と改めて思いました。

映画『ブレードランナー』も見ましたが、これも凄い映画です。



僕が知る以上に映画としては凄い存在となっている作品です。

SFの世界観は『ブレードランナー』以前と、以後とで違ってくるほど、後のあらゆる映画に影響を与えているとのこと・・・。



小説も映画も本当に語るべきことのたくさんある作品だと思います。

作品として単純にとても面白いです。

深いテーマを扱いながら、娯楽作品としても非常によくできていて。



現実の人類は、作中に出てくるようなアンドロイドを生み出すところまでたどり着けるのでしょうか・・・?

できるような気もしますし、難しいような気もします。



AIの技術はどんどん進化していますが、人間と同じ知能まではまだ至っていないはずです。

でも、いつの日かそんなアンドロイドが実現する日が来るのかもしれません。

そうなった時、この作品の問いかけている問いに人類は直面することになるのかもしれません。

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