
カズオ・イシグロさんのこの作品です。
『日の名残り』
イギリスの作家カズオ・イシグロさんによる著作で、1989年に刊行されました。
著者の3作目となる作品で、原題『The Remain of the Day』。
英国ブッカー賞を受賞している作品です。1993年にはイギリスで映画化もされています。
日本では土屋政雄さんによる翻訳で出版されています。(今回読んだのはハヤカワepa文庫版)
内容紹介
短い旅に出た老執事が、美しい田園風景のなか古き佳き時代を回想する。
https://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/310003.html
長年仕えた卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々……。
遠い思い出は輝きながら胸のなかで生き続ける。失われゆく伝統的英国を描く英国最高の文学賞、ブッカー賞受賞作。解説/丸谷才一。
story
スティーブンスはダーリントンホールに仕える老執事。
ある日、主人であるファラディからこう言われる。
『私が家を空けている間、2・3日ドライブでも行ってきてはどうだろう。たまには羽を伸ばし、この美しい国を見て回ればいい。』
舞台は戦後1956年のイギリス。
小説は1920年〜30年の回想と現代の回想とが交互に語られる。
スティーブンスは主人の言葉に甘え、ドライブへと出かける。
以前仕えていたダーリントン卿と元同僚であったミス・ケントン。
そんな回想に思いを馳せながらイギリスを回る小旅行へと出かける。
美しい思い出は心の中に強く残っている。
美しくない思い出も心の中には残ってしまっている。
ミス・ケントンとも再会し、スティーブンスは過去に思いを馳せ涙する。
強く美しい過去の思い出
『日の名残り』はカズオ・イシグロさんによる1989年の小説です。
ノーベル文学賞を受賞している著者の3作目となる作品となっています。
元々は英語で書かれていたものですが、世界的に広く訳されている作品でもあります。
そんな小説なのですが、読み終えてみて、僕はこんなことを思いました。
”良い小説は生きることそのものを肯定してくれる。”と・・・。
『日の名残り』は旅行へ出かける執事の話です。
主人公のスティーブンスは懸命に自分の仕事、そして仕える主人と向き合ってきた誠実な執事です。
過去と現在の話が交互に語られていき、そんな人物像が浮かび上がってきます。
自分の仕事を愛し、自分の主人を愛していて、自分の国を愛している人物です。
そんな彼を中心とする話なのですが、この物語は美しさに溢れています。
どうすることもできない故に・・・
スティーブンスの過去と現在。決して短くはない時間が流れています。
時間の経過には誰も干渉することはできず、その残酷さと、不可逆性を肯定することは難しいものです。
僕は執事という仕事のことを僕はあまり詳しくは知りませんし、イギリスという国の歴史や美しさも、おそらく表層的にしか知りません。
それでも、この小説は遠く離れた国の僕の心にも強く響いたような気がしています。
良い物語とはそういうものなのかもしれません。
国を越え、文化を越え、言語を越え、時間を越えて愛されていきます。
執事スティーブンスの過去は決して幸福なことばかりではありません。
過去は脚色することなく、過ぎ去った事実としてこの小説の中では語られています。
過ぎ去ってしまった過去はどうすることもできません。
でも、この小説は『過去はどうすることもできないがゆえに美しい』のかもしれないと思わせてくれます。
こういう物語こそ
本当に素晴らしい小説だと改めて思います・・・。
既に多くの人に読まれているかもしれませんが、こういう物語こそ多くの人に読んでほしいなーと思います。
過ぎ去った過去も、生きている現在も、全てひっくるめて生きることそのものを肯定してくれる。
生きる力を与えてくれる。そんな作品だからです。
この感想を書くにあたり、あらすじを読み返しました。
それだけでも少し涙が出てきそうになりました。自分の過去のことを思い出したからかもしれません。
そして、生きることを素晴らしいと思えたりもしました。
いい小説はそんな力を持っています。